2015年05月12日

'mother-in-law' は「妻のママさん?」

明日メルマガ(『(ほぼ日刊)ラッセルの英語』 http://archive.mag2.com/0001623960/index.html )で配信する予定のコンテンツの一部です。ラッセル『教育論-特に幼児期における』(1926年刊)第11章の一部ですが,この中で 'mother-in-law' という言葉が出てきますが,日本においては,通常であれば、「義母(義理の母)」あるいは「姑」と訳せばよいということになりますが、それでは誤解を与えることになる可能性があります。なぜなら、日本では,婿入りする男性は少ないので,「義母」というと,妻にとっての義母(夫の母親)を連想し、「嫁と姑との確執」の問題が連想されます。しかし,欧米では,「嫁と姑」との問題よりも,「婿(夫)と姑(妻の母親」との間の問題のほうが多いとのことです。
 そういうこともあり,岩波文庫版の安藤訳では,'mother-in-law' をここでは,「妻のママさん」と訳しています。つまり,夫側から見た「妻の母親」(義母)が関心の的になっているわけです。母親から精神的に独立していない妻の問題をいっているわけです。
 以下,転載しておきます。
(なお,もっと詳しい情報は,http://russell-j.com/beginner/OE11-050.HTM を御覧ください)

(英文)
The primitive maternal type of woman derives most pleasure from the infant at the breast, and gradually less pleasure as the child grows less helpless. There is therefore a tendency, for the sake of pleasure, to prolong the period of helplessness, and to put off the time when the child can dispense with parental guidance. This is recognied in conventional phrases, such as being "tied to his mother's apronstrings (apron strings)". It was thought impossible to deal with this evil in boys except by bending them away to school. In girls it was not recognized as an evil, because (if they were well-to-do) it was thought desirable to make them helpless and dependent, and it was hoped that after marriage they would cling to their husbands as they had formerly clung to their mothers. This seldom happened, and its failure gave rise to the "mother-in-law" joke. One of the purposes of a joke is to prevent thought --a purpose in which this particular joke was highly successful. No one seemed to realize that a girl brought up to be dependent would naturally be dependent upon her mother, and therefore could not enter into that whole-hearted partnership with a man which is the essence of a happy marriage.

(松下試訳)
・・・。原始的な母親タイプの女性は,おっぱいを飲ませている赤ん坊から最大の快楽を得るが,子供が無力でなくなるにつれて,次第に快楽が少なくなっていく。そこで,快楽のために,子供が無力である時期を長びかせ,親の導きなしですませる時期を先へ延ばそうとする傾向が生じる。このことは,「母親のエプロンのひもにくくりつけられた」(注:"tied to his mother's apronstrings" 日本で言えば「乳離しない」か?)などの決まり文句の中にも認められる。この弊害は,男の子の場合は,学校へやる以外に治す手はないと(昔は)考えられていた。(これに対し)女の子の場合は,それは弊害とは認められなかった。その理由は,女の子は(もし裕福ならば)無力で人を頼りにする人間にしておいたほうが望ましいと考えられたからであり、また,これまで母親にすがりついていたように,結婚後は,夫にすがりつくようになればよい,と思われたからである。(しかし)そういうことはめったに起こらず,その失敗は,「おしゅうとさん(mother-in-law)」(注:男性側からみた「義理の母」つまり,妻の母親であることに注意。従って,mother in law を安藤氏は,「妻のママさん」とうまく訳されている。ちょっと見では誤訳と誤解する人がいそうであるが。/参考:「英語ジョークから見る「義理の母」=欧米では「義理の母」というと,日本と異なり、夫から見た場合の「妻の母」がより問題となるとのこと)というジョークが生まれた。ジョークのねらいの一つは,考えることを妨げることであるが−− このジョークの場合,そのねらいは見事に的中した。人に頼るように育てられた少女は,当然自分の母親に頼るようになるので,従って,幸せな結婚の本質である男性との心からの協力関係に入ることができないということを,誰も理解(認識)することができなかったようである。
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posted by russellian-j2 at 18:43| Comment(0) | ラッセル『教育論』
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